
–スコットランド果ての島へ-
2019年5月の初旬、私はスコットランドの主要都市・グラスゴーからひとり、ウエスト・ハイランド鉄道の蒸気機関車に乗りベン・ネイヴィスの麓町・フォートウィリアムを目指していた。
今回のクライミングパートナー、 Dave Macleod氏と坂野正明氏(マサさん)と合流し、手付かずの岩壁が無数にあるというスコットランド最果ての島・Harris島で新しいトラッドルートを拓くためだ。
英国最難のトラッドルート”Rhapsody (E11 7a)”や”Long Hope (E11 7a)”の初登者であり、その他にも数多くのハードトラッドルートの初登・再登をしてきたレジェンドクライマーのDaveと、天文物理学者であり翻訳家としてイギリスに在住しクライミング中心の生活を送っているマサさん。
デイヴは当然ながら、マサさんもその見識の広さから英国トラッドの風土や歴史にも深く精通している生粋の英国トラッドクライマーだ。
そんなMr.トラッドたちと異国の地でのルート開拓。
こういう機会に恵まれるたびに、私は自分がいちクライマーであれることを心から幸せに感じる。
なぜなら我々クライマーは、クライミングを通じて「Climbing」という言葉のいらない共通言語を手にできて、その言語を駆使すればいつでも世界中の未知の冒険へ繰り出す小さな冒険者になれるからだ。

-英国式-
英国の朝は1杯の紅茶でゆるやかに始まる。
朝、とはいえ時刻は既に10時をまわっていて、3杯目の紅茶を淹れる頃にようやく全員が同じテーブルに着き、4杯目を飲み干したところでやっとのこと家を出る、といった具合だ。
我々の拠点から岩場へはドライブと徒歩を30分ずつ、ヒースと呼ばれる平坦な荒地を淡々と進む。
ハリス島はかつて森林で覆われていた豊かな土地だったが、産業革命と無計画な羊の放牧によって今はどこも平野と化してしまったそうだ。
英国のクライミングでは新たなルートを拓くにあたって「可能な限りボルトに頼らずにカムやナッツなどのギアを駆使し“ありのままの自然にクライマー自身をフィットさせながら新たなラインを拓く”」というクライミング倫理が根強くある。
ゆえに、ボルトや残置物といった“道標”のない壁上では、それが初登クライミングでなく既に登られたルートのリピート(再登)であってもクライマーは常に自身の感性と技量を全稼働してクライミングに臨むことを要求される。
ましてや“ありのままの自然にクライマー自身をフィットさせながら“という倫理の下ではクライマーとしての全てが洗い出される。
瑞牆での”千日の瑠璃”のクライミング以降、私はトラッドクライミングの「トラッド」とは何なのか、ということを問い続けてきた。
私の理解をいまここで述べるならば「トラッド」とは、ありのままの自然(岩壁)に自分が受け入れられるのか、それとも受け入れられないのか、というシンプルな現実と真摯に向き合い、その結果の全てを享受するという謙虚な姿勢で行うクライミングなのだと思っている。
そして、そのような“トラッド気質”の中で生まれたルートには、クライマー自身の思想や人物像がルート上により強く残るように思う。それはトラッドクライミングの性質によって、クライマーの軌跡の面影がルート上に強く投影されるからだろう。

-多様であること-
異なるクライミング環境で育ったクライマーたちとの開拓では、同じ岩壁を見上げてもそのラインの見方や初登のプロセスに顕著な違いが現れたのは非常に印象的だった。
岩壁の中央に見えた逆L字状の顕著なルーフ下に続くコーナーの形状に惹かれてラインを見出した私にくらべ、Daveが見出したラインは一見するとプロテクションの乏しそうなまっさらなフェースだった。
また初登に至るまでの過程で、岩の形状やムーブに導かれるラインを選択することの多かった私と比べ、デイヴはそのラインがプロテクション(ギア)に導かれることを何よりも優先し(個人的には)神経質ともとれるほどに入念にプロテクションの吟味を行なっていたのが印象的だった。
これはあくまで私見だが、そのラインの見方やプロセスの違いは、それぞれの個性や感性の違いはもちろんだが、属するクライミング文化の特徴にもあるのではないかと思う。
英国のクライミングシーンでは、クライミングの倫理観はさることながら、そのグレード体系の特徴ゆえにルートのグレーディングに対して非常に慎重である。
それは英国のトラッドルートで採用されているグレードシステム【Eグレード】のグレード体系自体が、ルートのフィジカル難度を示すものとしてだけでなく、そのルートに孕むリスクを表すものとなっているからだろう。
例えば、既存のルート上にプロテクションの取り得る箇所が新たに一つ発見されるだけでも、そのルートのグレードが(場合によっては大幅に)変更されることもあるほど、ルートのグレーディングにおいてリスクというものの要素の占める割合が大きいのだ。
英国のトラッドクライマーたちにとって正確なグレード感を体得することは、同時に自身が許容できるリスクの程度を知ることとなり、ルートに付されたグレードを通じてクライミングが孕むリスクとの向き合い方を学ぶ機会にもなっているのではと思う。

©️ Dark Sky Media
-息吹–
とはいえ、私がここで言いたいのはEグレードの万全性のことではない。
ルート開拓においても既存ルートのリピートにおいても「ラインの見方」の選択肢を広く持つことで、同じクライミングでもその幅が格段に広がるということだ。
プロテクションに導かれる感性、ムーブに導かれる感性…「Climbing」という共通言語によって様々な文化を知り、新たな感性を育むことによって、未知の冒険へのアイデアは生まれるのだろう。
フェリーの甲板で離れゆく島を眺め、異国の風の余韻に浸りながら、新たな軌跡の息吹を感じ、そうして僕は最後の紅茶を飲み干した。
ルート開拓とクライミングへの情熱を描いた作品。Harris島でのクライミングも一部収録。