千日の瑠璃 -モアイフェース開拓記-

長きにわたりクライマーに登られ続けてきた瑞牆の中にあって、なお未登のビッグプロジェクトとして残された大岩壁が、十一面岩正面に鎮座する「モアイフェース」である。
初めて瑞牆の岩頭に立った時、真っ先に目の中に飛び込んできた岩壁がそれだった。
個々の岩峰の存在感もさることながら、山の正面に堂々と構えるその岩壁は異様な存在感を放っていた。
とんでもない未登の岩壁が残されていることへの驚きと期待に、どこか胸の高鳴りを感じた。

7/19
モアイフェースを目の当たりにして以来、その未登の岩壁への想いは日々膨らみ、岩場、エリアの歴史、開拓スタイルなど情報を集め続けた。
が、結局わかったのは、この岩壁は長きにわたりクライマーに登られ続けてきた瑞牆の中にあって、なお未登のビッグプロジェクトとして残された存在であり、その地ではラペルボルトは容認され難いということだけだった。
しかし結局は岩壁を見てみないことには何も始まらないとふん切りをつけ単身モアイフェースへ。
この日は昼に駐車場に着いたので翌日の登攀のためのギアをデポしにツバメのハングへ。
ロープ2本にカム、ナッツなどギアフルセットを担いで歩く慣れないアプローチに「これから毎週このアプローチをいくのだろうか…」と少し億劫になった。

7/20 モアイフェース1日目
単独。まずはグランドアップスタイルで攻めることにし、既存ルートをロープソロしてモアイ下の通称、宴会テラスへ行った。
ロープソロで登るのは初めてであったがこの岩壁と対峙するタイミングを先延ばしにしたく無かった。
たった2ピッチだったが慣れないソロシステムでのクライミングは予想以上に大変で、何とか15時過ぎにモアイフェース下のテラスへ。
取り付きから見るモアイフェースは、綺麗なスカイラインを纏ってはいたがそのスカイラインが頂点ではないことは明らかであった。
ここに来るまで幾度も岩壁の写真を見てラインを思い描いていたが実物は想像を遥か上回るほどに巨大だった。
しかし、登れるのかという不安よりも未到の岩壁を目の前にして、その岩壁と対峙できていることに言い表し難い感動を覚え、暫くその場に立ち尽くしてしまった。
空は青く、風が木々を揺らしていた。
今思うとその時間はなんともいえない不思議な時間だった。
岩との対話、そんな言葉がしっくりくるのかもしれない。
夕暮れ間近だったが衝動は抑え切れず目の前に見えるクラックに取り付く。
この日はモアイフェース解明への第一歩を踏み出せたことがただただ嬉しかった。

7/25 モアイフェース 2日目
モアイフェースには壁の中央部にある大フレークまで登りベルジュエールに合流する南回帰線という過去のエイドルートがあるらしい。
と、早速その情報を教えて頂いた会社の先輩と登りにいった。
とりあえず今回は過去に打たれた錆びたボルトラダーを使ってエイドで登りながら壁の様子を見てみたがプロテクションもろくに取れないし、南回帰線との同ラインのフリー化はちょっと厳しそうなことがわかった。

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今週は多くの先輩クライマーから瑞牆の歴史、開拓の思想、時代の流れの話を聞くことができ、モアイフェースを開拓するにあたっての自分なりの考えやスタイルの方向性を考え直す良い機会になった。
理想はグランドアップ、ボルトレス、レッジ ・トゥ・レッジスタイルでの開拓であったが中間部〜岩頭までは遠目の写真から見ても明らかなようにクラックは見当たらず、最悪ノープロテクションで何十メートルも登らなければならない可能性もあった。
グランドアップを貫き、ジャンピングという選択肢もあったがこの岩壁にボルトを打つことへの抵抗の方が遥かに大きいし、自分がやりたいのはそんなクライミングじゃない。
これだけ目立つロケーションにある岩壁が何十年もの間ボルトを打たれることなく在り続けたことにどうしても考えが巡ってしまうのだ。
色々と葛藤はあったがこの岩壁とはプロテクションクリーンのトラッドスタイル、かつレッジ ・トゥ・レッジで攻めたい。
ラインの全容が見えていないのでラペルでの掃除とビレイ点の設置は妥協するとしても、もしライン上にボルトを打たなければ登れない判断になったとしたら…
自身は一旦手を引き、モアイフェースは未来のクライマーへ託すかもっと精神的にも肉体的にも強くなって戻ってこよう。
そう心に決めた。
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8/1 モアイフェース 3日目
単独。十一面岩頭からの下降路を経由し、頂上から懸垂下降でモアイの頂上へ。
ひとまず立木にスリングで支点を設置。
モアイの頭でしばし躊躇した後、ひと思いにロープを放り投げる。
クライミングを始めて以来、どんなハイボルダーでもルートでもグランドアップを貫いてきた。
今日の出来事は自身にとってはあまりに大きすぎる己の弱さの享受と、妥協であった。
長いこと感慨にふけながら、とはいってもこの日は夕立が来るとのことなので昼過ぎあたりに懸垂下降を開始した。
まずはプロテクションが取れそうな箇所を探る。
今回探ったのは上部。約40mのピッチの中でプロテクションが取れそうなのは5箇所のみ。
クラックは無くポケットにカムを効かせる、かなりプアプロテクションな感じだった。
夕方は予報通り夕立にあう。
モアイの頭から懸垂して白くまのコル下のアレアレア取り付きから帰ろうと思ったが、予想以上の雷雨にアレアレア取り付きから白くまのコルまでの数メートルのアプローチは滝となってしまっていた。
雹も混じってきて、微妙なスラブのフリーソロには相当参った。

8/2 モアイフェース 4日目
4:30起床。6時発。単独。
今日は時間短縮のため白くまのコルからベルジュエールをフリーソロしてモアイの岩頭へ。
大フレークピッチは程よいアップになるがワイドクラックはとても恐ろしかった。
今日は主に中間部の掃除とライン探り。
クラックの開拓経験が皆無だったので効率的な道具が無く、ナッツキーでクラックを穿って掃除。
クラック掃除だけで半日以上ぶら下がっていたと思う。この日も夕暮れまで作業。
途中、脱水症状になりかけ前腕、上腕、足裏と色々と攣ってしまい岩頭までの登り返しがとてもしんどかった。

8/15 モアイフェース 5日目
単独。前回探ったラインとは別のフェース中央を行くラインを探る。
一通りプロテクションの可能性を探ってみたがかろうじてマスターカムの#1とX4#0.5サイズが決められそうなのだがランナウトは免れないだろう。
スラブから前傾と急に傾斜が変わるので下部で落ちたり、上部でもプロテクションが抜けてしまうとスラブ面に叩きつけられてしまいそうだ。
まずは下から1ムーブづつ探り、水晶が連なるトラバースセクション手前まで解決。しかし核心はこの後に続くトラバースになりそうだった。
日が暮れはじめるまで探り続け、21時頃下山。

8/16 モアイフェース 6日目
4時起床、5時半発。単独。
未解決のトラバース部を探る。
が、やはり難しい。トラバース部分だけでも三段(V10)くらいありそうな感じだ。
そんなことを思っていたら水晶トラバース合流部のキーホールドであった掛かりの良いカチが欠けてしまいさらに絶望感漂う感じになってしまった。
なぜか花崗岩では茶色の岩面は表面が風化しているのか脆い箇所が多い。
欠けた付近を日暮れまで探るが解決できず。あれやこれやとムーブを妄想しながら21時頃下山。

8/22 モアイフェース 7日目
前回の絶望感が拭いきれず他のラインを探るがどうも微妙。やはりこのラインで登りたい。
欠けてしまった部分も無理くりのボルダームーブでなんとか解決。
再び水晶トラバースのムーブ探りに戻る。

8/23 モアイフェース 8日目
4時起床、6時発。単独。
朝からしつこく水晶トラバースを探り、最もランナウトする水晶トラバース終端のフレーク合流部と絶望感漂う2mランジを残してほぼムーブ解決。
その後はモアイフェース2ピッチ目(千日の瑠璃3P目)以降の上部も少し探ってみたが、さらなるランナウト&ハードムーブ。
これを登るには強烈なランナウトに耐えうる精神力とさらなる登攀能力が必要そうだ。

8/29 モアイフェース 9日目
予報は雨だが瑞牆へ。単独。
現地は予報通りの雨。とりあえず十一面岩へ向かうが真っ黒なモアイフェースを見てがっかり。
下部は雨でも登れるパートだと思っていたがそんなことは無かった。

9/5 モアイフェース 10日目
5時発。単独。
秋雨前線真っ只中の貴重な晴れ間。日々、夜明けが遅くなっていく。
葉も薄っすら色付き始め、通い慣れたアプローチもいつもより明るい。
心地よい焦りと期待とともに、シーズンが始まろうとしている。
この日も集中的にモアイフェース1ピッチ目(千日の瑠璃2P目)。
しつこくムーブを探り、ついに水晶トラバース終端部と2mランジを解決することができた。
5.10マイナスのクラック+3段(V10)+2mランジといったところか。
フェースにボルト無しオールナチュラルプロテクションで、Rは間違いなく付きそうだ。
明日に備え、珍しく夕暮れ前に下降。

9/6 モアイフェース 11日目
6時発。パートナーは佐藤裕介さん。
ほぼ独学で進めてきたルート開拓だが氏の持つ様々なノウハウはとても勉強になった。
雨予報だったが実際は最高のコンディションで、一気にワンテンまで近づく。
最後の2mランジもだいぶ安定してきた。
いよいよモアイフェース1P目(千日の瑠璃2P目)のレッドポイントが現実的になり始めた。
開拓開始から約2ヶ月。取れるプロテクションの数も少ないしホールドも悪い。
ボルト無しでは不可能とまで言われた。
しかし今、ボルトを1本も打つことなく全てのムーブが繋がった。
ハードムーブの中、グランドスレスレのランナウトは否めないがビレイ点は妥協するにしてもやはりライン上にボルトは打つべきではない。
このルートの価値はそこにあるのだから。

9/12 モアイフェース 12日目
6時発、単独。
ツバメ返しのハング越えは南回帰線のエイドラインを選択し掃除。このルートの1ピッチ目になる。
2時間ほどぶら下がりクラックラインはだいぶ綺麗になった。
まだまだムーブやプロテクションへの不安は多く、トップロープでの試登は一度のみでその時も通しでは登れていない。
いささか時期早々な気もするし、トップロープでムーブを固めまくってトライすれば確かにリスクは減らせる。
がしかし、どうしても刺激あるクライミングを求めてしまうようだ。
明日が楽しみだ。

9/13 モアイフェース 13日目
8時頃モアイ下テラスへ。
いよいよモアイフェイス1ピッチ目(千日の瑠璃2P目)のレッドポイントトライ。
1トライ目。
トラバース入り口でフォール。
さすがにアップ無しの1トライ目では動きがぎこちなかった。
しかしランナウト手前で固め取ったX4#0.5とマスターカムはバッチリ効いている。
2トライ目。
時折雨が降るが壁は前傾していて濡れにくいのでむしろこれくらいの方が風も吹き調子良く、9月とは思えないほどのコンディションだった。
ほぼノーダメージで下部のクラックをこなし穴ガバへ。
肝となるプロテクションセットもスムーズだ。
核心のガストンパートを突破し、吠え続けながらトラバースを超える。
もう少しでランジ手前のガバフレークだ。
1手進めるごとに完登に近づいていく、と同時に恐怖感も増していく。
もう戻れない。
クライムダウンパートで落ちたと思ったがギリギリのバランスで耐えていた。
すでにランナウト最頂点。
しかしパンプしてホールドの感覚が無い。
ヤバイ!落ちられない!と目の前に見えるガバフレークに咄嗟に手を出したが次の瞬間、身体は宙を舞いスラブ面に叩きつけられていた。
10mほどの墜落だったがとりあえず大事には至らず足首の捻挫と打撲で済んでいた。
たまたま撮っていた動画を見返したらまるでHard Gridのワンシーンのようだった…
全ては自分が招いた結果であるがクライミングの厳しさを身を以って再確認することとなった日だった。
しかしこれこそずっとやりたかったクライミングであるのも事実。
怪我のショックは大きいけれど退屈なクライミングを続けてるよりも遥かにマシだ。

9/22、23 モアイフェース 14、15日目
フォールによって負った怪我はひとまず骨に異常は無いとのことだったが足首の三角靭帯の損傷が酷いらしい。
しかしぶら下がっての掃除だけならなんとかなるだろうという思惑でひたすらモアイへ。単独。
足はまだまだ引き摺って歩かなければならずいつもなら1時間半もかからないアプローチのところをつま先立ち歩行で2時間以上かけてノロノロと。
結局、シューズは履けるし、ヒール以外は使えるので掃除の後に登ってしまったが治療期間中にひたすらやってたカチトレーニングと減量のおかげで懸念していた上部のブランク核心パートはほぼ全て解決。
残りのパートも問題なさそうだし、いよいよモアイフェース解決への兆しが見えてきた。
とはいえこのピッチにはラインを明確にするようなクラックは存在せず、プロテクションは点在するポケットにきめられるが上からぶら下がってラインを観察でもしない限り、初見ではどのラインを登れば良いのかわかりにくい。
しかし、完全なブランクと思っていた一面にもしっかりと弱点は存在し、岩頭まで導かれるラインは存在した。
オールボルトレスで登れれば確かに素晴らしいスタイルではあるのだけれど、そもそもスラブ故にホールドが見えず、それ故ラインが不明瞭。
ラペルでのホールドチェック前提の課題はマルチピッチではいささかシンプルさに欠けると思う。
後世に繋ぐラインとして、そしてラインの明瞭さとシンプルさを追求していくとボルトを妥協点としてではなく、ラインを明瞭にするツールとして捉えるに至ってしまう。
クライマーが壁の途中で迷子になってしまうような曖昧さを残してでもボルトレスを貫いたほうが良いのか。
それともラインの明瞭性という意味でのシンプルさを追求したほうが良いのか。
どちらがよりシンプルなスタイルなのか…
といっても、やはりこのピッチにもボルトは打ちたくない。
モアイフェース開拓を通じて沢山の大先輩クライマーの方に開拓のノウハウやスタイルのアドバイスを頂いたのだが皆、言葉の最後にはこう仰っていた。

「一番大切なのはそのルート開拓を通して自身が何を主張したいかだ。」と。

ルート開拓というものは奥が深い。

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この「ラインを明瞭にするためのボルト」に関して多くの先輩クライマーに意見を伺った。が、その返答の9割以上が例えラインが不明瞭だとしてもボルトなしで登れるなら打つべきでない、というものだった。
そして、尊敬する先輩クライマーの方に頂いた一節が後押しとなり、やはりライン上にボルトは打たないことに決めた。
「人のための行為が、果たして人のためになり得るのか?」
再登者がどこを登ろうがそれは再登者の自由であり、それも一つのラインである。
トポに線を引けばラインどりはある程度明確になるし、再登者がもっと合理的と思われるラインを見出せば(バリエーションとして)そちらを登れば良いだけ。
大きな山でも小さなボルダーでも、ルート上に人(初登者)の痕跡を残すことは、ある意味これからのクライマーの創造力という未来を摘み取る行為と同義と考えられる。
もし、開拓者がボルトを打たずにルートを公のものにすれば、それこそが再登者のために人の痕跡を残さない結果となり、初登を目指して岩とディープに対話している行為を何十年後の再登者も同じ体験が出来得る可能性を残すことになるのではないか。
本質的な意味でのクライミングとはそういった行為であるべきである。
と。
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10/3 モアイフェース 16日目
モアイフェース1ピッチ目(千日の瑠璃2ピッチ目)のレッドポイントを達成。
グレードは暫定的に5.13c /Rとしようと思う。
ハイボルダーとして捉えたら核心の一連のムーブはV10くらいだけど写真の枠に収まらないほどのランナウトが精神的なプレッシャーを助長していく。
しかし、自分にとって肉体的にも精神的にもとても困難だったこのルートを、グランドアップはかなわなかったもののボルトレスというスタイルを貫き登れたということが最も重要で、自身にとってはもうそれだけで十分な気もする。
クライミング人生で初めての拓いたルートがトラッドルートというのも感慨深かった。
そして残りのモアイフェイス2ピッチはさらなるランナウト。
これから先は得意の垂壁・スラブだけど精神的な困難度はより濃くなっていく。
骨は折れても心は折れないよう頑張らねば。

10/3 モアイフェース 17日目
単独。今日は残る3、4ピッチ目のトライに向けビレイ点の整備へ。
ボルトを打つなんて初めての経験だったが意外と順調だった。
が、残り1本というところでバッテリー切れ…
次回持ち越しになってしまったが来週からはいよいよモアイフェース上部のトライが始まる。

10/ 4 モアイフェース 18日目
単独。二日連続ではまだまだ痛むがビッコを引きながらモアイへ。
とにかくアプローチがしんどいが情熱を注ぎ込めるラインがあるというのはクライマーにとってこれ以上幸せなことはない。
今日は主に上部の掃除。
こうしてしっかりと掃除してみると岩茸だらけで真っ黒だったライン上にうっすらとラインが現れる。
開拓ではレッドポイントトライする時よりも掃除する時間とかラインを読む時間の方がより岩と深く対話できる時間のような気がする。
掃除は大変だし、ミニマムブラッシング派なのだけど時間さえ許せば本当はこういう時間の方が好きなのかもしれない。
この日も夕暮れ近くまで作業して下山。

10/ 10 モアイフェース 19日目
前日入りし、久々の3時半起き5時発。
偶然か必然か、こうして今までと全く違ったジャンルのクライミングを経験でき、自身のクライミングに対する視野は格段に広がった。
たった半年前のことなのにとても懐かしく感じる。
今日はモアイフェースに続く1ピッチ目をトライしに行く。
モアイフェースへ続くスタートラインでもあり、燕返しのハングを豪快に越えていく好ピッチだ。
しかしいつもハング抜け口が濡れていてトライできなかったのだが秋の晴天が続いたためか初めて乾いているのを見れた。
結局、トップロープでの試登をすることも無く1トライ目で無事にレッドポイントすることができた。

10/ 11 モアイフェース 20日目
天気は午前中まで雨予報。夜中もしっかりと降ってしまった。
しかし経験的にモアイフェースはこれくらいの雨なら問題ないことを知っている。
ツバメ返しのハングに着くと予想通り壁は全く濡れていなかった。
しかし強風吹き荒ぶ中、冷え切った体ではムーブすら起きず悪いイメージがついてしまった。
本当は順当に各ピッチをレッドポイントしていきたかったがまずは得意傾斜である4ピッチ目をやることに。
スラブピッチなので今日のコンディションは最高だった。
これはもしかするとこのままレッドポイントできてしまうかもしれないと意気込んでいたがこの頃には日も沈み始めたので早めに下山。
始終、極寒の日だった。

10/ 12 モアイフェース 21日目
今日は4ピッチ目のレッドポイントを達成。
ビレイしてくれた裕介さんと、撮影もろもろこの三連休で色々とサポートしてくれた萩原さんには本当に感謝してもしきれないほどだ。
良くも悪くもたった3つのプロテクションでこのピッチを登り切れたが、20mランナウト後の最後にあるバランシーなデッドでは不覚にも吠えてしまった。
もしあそこで落ちていたら、、ビレイヤーもろともただでは済まなかっただろう。
グレードは5.13d R/X、もちろんライン上にボルトなどの残置物は一つも無い。
もし一本でもどこかにボルトを打ってしまっていたらこのルートは全く違ったものになってしまっていた。
スタイルに悩んだ日々は本当に苦しかったが報われた気がした。
ルート完成まで残り1ピッチ。ここまできたらもうやるしかない。

10/ 17 モアイフェース 22日目
雨予報。しかし完登までリーチがかかりモアイ中毒となったクライマーに雨粒など見えない。
駐車場5時発。パートナーは佐藤裕介さん。
この日は時折降る雨の様子を見ながらも互いの狙うピッチを交互にトライ。
連日岩場に通っているという佐藤裕介さんも大分調子を上げてきているようだ。
ワンプッシュに向けてなんとかお互い年内に完登できるよう気合を入れる。
夕方には霧も晴れレッドポイントトライ。しかし第一核心のガストンパートで落ちてしまった。
プロテクションもしっかり止まったし印象は悪くない。
その後は裕介さんの4ピッチ目ビレイ。
だいぶ安定しておりこちらも良い具合そうだった。
20時頃、4ピッチ目ビレイ点から下降の準備へ。
途中、「もう一回」という言葉が喉から出掛かったが止めておいた。
たぶん今までの自分だったらトライしていたかもしれない。この日は不思議と今ではないと思えた。
そのまま下山し22時頃駐車場着。

10/ 18 モアイフェース 23日目
完登。特別な日だった。
本来であればこの日はパートナーもおらずトライできる日ではなかったのだが偶然にも自分がこの世界を知るきっかけにもなった友人にビレイして頂けることになった。
そして佐藤裕介さん、萩原悟さん、モアイフェース開拓でお世話になった人たちが今日のトライを見届けてくれている。
あまりの予定調和に、今考えてもぞっとしてしまう。
トライ中の記憶はあまり無い。
本当に登れたのか、不思議でならなかったが写真には確かに登りきった後のクライマーの姿があった。
ついに夢にまで見たこの日が来た。
この岩場に通い始めてからちょうど三ヶ月が経った今日、この絶望的なほどの岩壁をボルトを打つことなくラインを繋げることができたのだ。
今は完登できた実感よりも23日間の記憶ばかりが反芻している。

千日の瑠璃

この日の帰り道の夕空も、いつもと変わらない美しい瑠璃色の空だった。